ナンバースクールは第一から第八高等学校までが、東京・仙台・京都・金沢・熊本・岡山・鹿児島・名古屋に開校し、ネームスクールは札幌から台北(台湾)まで各地に置かれ、合計44校(ナンバースクール8校,ネームスクール18校,七年制9校,帝大などの予科8校,他1校)であった。
旧学制では中学は5年生までで、終えると高校へ進学した。しかし高校の定員は各校とも1学年200名程度と少なく、入学できたのは全国で1万人程度で同年齢の1%にも満たなかったため激しい受験競争があった。
しかし入学してしまえば、大学への進学は容易であったため、受験勉強もなくゆとりある自由な時間を謳歌できた。天下国家を論じ夢や哲学を語らい、また真理の追究や友情の交歓やスポーツに、幅広い人生勉強ができた。
そして学生同士の結びつきを高めたもの、それが寮制であった。3年間を通じて一つ屋に寝起きし、文字どおり同じ釜のめしを食った。そこでは“友が愁いに我は泣き、我が喜びに友は舞う”友情が芽生えた。その中、人生に対する大いなる感動をもとに生まれたのが、寝食を共にする寮の歌すなわち「寮歌」であった。
寮歌は作詞と作曲を寮生自らがおこない、連綿と歌い続け伝承してきた。その総数は、旧制高校80年の歴史の中で2562曲にのぼる。崇高な人生の理想や四季の移ろいを織り込んだ寮歌、朴歯の下駄を鳴らしマントをなびかせての散策に口ずさんだ逍遥歌、3年間の思い出を胸に卒業の別離を惜しんだ送別歌、創立や創立記念日を祝して作られた記念祭歌、対抗戦に応援旗を打ち振って士気を鼓舞し歌った応援歌などである。
しかし旧制高校は昭和25年に廃校となり、寮歌の一部はその後の新制大学(旧制高校は、新制大学の教養部となった)に歌い継がれたが、一般には人口に膾炙することなく忘れ去られた。
その中でも比較的知られているのが、三大寮歌と呼ばれるものである。崇高な理想と世俗を超然した精神を歌った第一高等学校「嗚呼玉杯に」、弊衣破帽で吉田山を散策して四季の移ろいを歌った第三高等学校逍遥歌「紅萌ゆる」、そして北海道の壮麗な大地のその雄大さが伝わる北海道帝国大学予科「都ぞ弥生」である。
また寮歌とは知らず流行った曲も多い。端艇部(ボート部)の歌として作られ昭和40年代に流行した第三高等学校「琵琶湖周航の歌」、昭和30年代にヒットした日露戦争の激戦の地旅順にあった旅順工科大学予科「北帰行」、山岳部部歌で九州久重連峰でキャンプの情景を歌い昭和50年代にリバイバルした「坊がつる賛歌」、山岳部の歌で昭和30年代に盛んに歌われた「山男の歌」などである(この他、最近流行しテレビドラマされた旧制斐太中学校の送別歌で、寮歌と同じ曲調の「白線流し」などもある)。
滅びゆく運命の寮歌であるが、意気軒昂に今も歌い続ける人々がいる。旧制高校廃校直前に卒業した人も既に齢80に近づき、青春の記憶も薄れているが、それでもなお血潮たぎる往時を懐かしむ人達がいる。
一つは、旧制高校の生徒が年1回集まり放歌高吟し乱舞する“寮歌祭”、他は“寮歌クラブ”である。
寮歌祭は、昭和20年代から寮歌の再生を期して開催されている祭典である。校章入りのスクールカラーで染められた幟が林立するステージで、OBが蛮声を張り上げ旧き良き時代を懐かしみあの寮歌を放吟する。昭和40年代50年代がその全盛期で、広い会場は聴衆で満員、舞台にあがる卒業生も舞台一杯に文字どおり立錘の余地もないほどであった。マスコミでも大きくとりあがられ、新制大学に学んだ人達にも寮歌は広まった。
しかし流れる歳月には抗しがたく一人去り二人行くにつれ、一杯であった舞台と客席にも空間が目立つようになった。それでも今も全国で50以上の寮歌祭が、毎年元気に開催されている。
そして寮歌にふれられるもう一つの場所が、“寮歌クラブ”である。以前は、寮歌の歌える喫茶やクラブは数多くあったが、こちらも年々減り今では東京や大阪などに少し残るばかりとなった。
東京の寮歌クラブは、銀座中央数寄屋橋近くにある。中は広く中央に大きなステージがあり、そこで矢絣に紺袴を着けた妙齢のコーラスガールと合唱する。彼女らは、数100曲の寮歌を暗譜している。
客は手元の寮歌集から好きな曲を選び、番号をふった紙に書いてリクエストする。コーラスガールのリーダは、多いリクエストの中から番号の若いものを優先して曲順を決める。やっと番が回ってきて勇んで登壇し、熱くマイクを握りしめる。ステージの対面には鏡が一面にあり、蝦蟇然とした己の姿に一時ナリシストになることもできる。彼女らとの合唱なので、多少音程が外れても自分の声のように錯覚できる。もちろん酔客のリスナーに不快感を与えるような音痴には、最初からマイクの音量を絞って調整してくれている。
よく歌われる曲は、寮歌の達人を自認するだけあって、3大寮歌など有名な曲は少ない。珍しい寮歌、例えば台北帝大予科、旅順工科大学予科、満州医科大学など外地にあって既に廃校になっている各校の寮歌、また代表寮歌といわれるものを外した曲が多い。
寮歌クラブには、随分と個性的な人も来る。大柄の身体でのっしのっしと登場し貫禄ある歌い方の長いやぎ髭をたくわえた御仁、全曲全歌詞を暗記していて自分の歌に遠い昔を懐かしみ恍惚とする人、ハンドマイクを立てて高くあげ身動き一つせず一点を見つめて歌う人など、多様な人物図鑑を見る思いである。
寮歌クラブでは、手拍子で乗る隣の人と名刺交換をしてみたら大会社の社長さんであったといったこともあり、有名人と出会うこともある。
ある時端に座る人に見覚えがあり、ひょっとしたらと思っていた。呼ばれる名を聞いたらあの小野田寛郎(ひろお)さんであった。小野田少尉は、陸軍中野学校出身で残置謀者としてフィリピンのルバング島に終戦後も残り、1974年になって上官の命でやっと投降した人である。迷彩色の軍服で戦闘帽をかぶり、軍刀の柄には投降の証しとして白布を巻いて敬礼する写真が、大きく報道されたあの人である。
帰り際に近くまでいき名のると、座っておられたがわざわざ立ち上がって、軍人のそれで姿勢を正して大きな手を差し出してくれた。その温もりは、礼儀正しさと共に、今でも私の手の中にしっかりと残っている。
*寮歌クラブは,既に店を閉じている。現在銀座で寮歌が歌えるのは資生堂裏のビル地下にある大連から引き揚げてきた老姉妹が経営する「藤井」だけである。
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