6 |
軍歌調 |
「昭和維新の歌」,昭和 11年2月26日革命家北一輝・西田税の思想に影響された陸軍将校安藤大尉,野中大尉らは兵を率いて,政府重臣を襲い,山王ホテルに布陣した。世に言う226事件で,この反乱軍が歌ったのが515事件の首謀者である三上卓が作詞作曲(詞の多くは土井晩翠と大川周明からの剽窃)した「青年日本の歌」である。彼らが昭和維新を標榜したことから通称「昭和維新の歌」ともいわれる。曲頭の「汨羅(べきら)の淵」とは楚の詩人屈原が入水した地である。乱れた世を象徴して「世は一局の碁なりけり」と歌ったのは卓見である。”社稷”という言葉は,この歌で覚えた(この言葉は古事記にも書かれている)。いろいろな人が歌っていて,多くを集めている。 |
 |
7 |
軍歌調 |
「515の歌」,昭和 7年5月15日,海軍将校は政府要人を襲い首相犬養毅らを暗殺する515事件を起こした。犬養の「話せば分かる」との説得に「問答無用」と答えた将校の言は,軍国主義を象徴する言葉として有名になった。この事件は至誠から出ていると好意的にみられ海軍中尉三上卓らは比較的軽い罪となった。のちにこの事件を題材に作られたのがこの曲であるが,ほとんど知られていない。 |
 |
8 |
演歌調 |
「忠義桜」,1332年南朝の家臣児島高徳は,隠岐に配流となる後醍醐天皇を岡山院庄で奪還しようとしたが,厳重な警備の中で断念,桜の幹に「天莫空勾践 時非無范蠡」と書付て天皇を慰安した。院庄に行くとこの曲がかかっておりレコードを売っていた。書付けた漢詩は高校時代に知ってよく使っていた(最近行ってみたらこのレコードは売られていなかった)。小松左京は”天
勾践を空しゅうするなかれ 時にハンペン 無きに 塩から”と茶化した。 |
 |
9 |
童謡調 |
「そばの花咲く」,1951年日本で国産カラーフイルムを使って最初に作られた総天然色映画「カルメン故郷に帰る」の挿入歌である。作曲は若き日の黛敏郎で彼の師であった万葉学者犬養孝は,主宰する万葉旅行の行き帰りには必ずこの曲を参加者全員で合唱した。私もそのときに覚え数種類を収集した(なおこれは犬養先生の勘違いで,映画と同名の曲が黛の作曲したものであり,「そばの…」は監督の木下惠介の弟忠司の作曲であった)。映画は浅間山麓北軽井沢を舞台とした牧歌的・娯楽的である名画で,今はなき懐かしい軽便鉄道が映っている。 |
 |
10 |
演歌調 |
「ノルマントン号」,1886年(明治19年)10月24日イギリス船籍の貨物船ノルマントン号が熊野灘で暴風のため沈没した。この遭難では,白人はいち早く逃げたとされ,残された日本人全員が死亡し世論が沸騰した。この事件の詳細な経過が分かる歌詞になっている。 |
 |